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火だねをまもったおよめさん

むかしは、どの家でも火だねをだいじにあつかっていた。

火ばちの火、かまどのたきぐちの火などは、灰をかぶせておきさえすれば、

あくる日の朝まで「おき火」がのこっていたので、その火をおこして、

朝ごはんをたいたり、水をわかしたりしたものだ。

この火だねのことを「ブルシ」とよんだ。

ブルシをまもるやくめは、その家の女の人であった。

まんいち不注意でブルシがきえてしまった場合は、

えんぎがわるいばかりか、先祖にたいしてもうしわけがたたない

というようにかんがえられていた。

さて、ある村に、七代ものながいあいだ、いちどもブルシがけされたことのない

格式のたかい家があった。

ある日、この家におよめさんがむかえられた。

これまでは、しゅうとめさんのやくめだったブルシの番は

そのおよめさんのやくめになった。

しゅうとめさんは、およめさんに、

「この家では七代もブルシをけさずにまもってきました。

もし、あなたの不注意で、ブルヂがきえたときには、

あなたにはこの家からでていったもらいますから、

じゅぶんに気をつけなさい。」

と、きびしくいいつけた。

それからのおよめさんはねてもさめても、

ブルシのことで頭がいっぱいであった。

ところが、ある朝、かまどのたきぐちにいってみると、

どうしたことかブルシがきえて、灰になっていた。

およめさんは、目のまえがまっくらになった。

どうしたらよいのか、わからない。

だが、いくら灰をつついてみても、

いちどきえてしまったブルシがつくことはなかた。

およめさんはしかたなく、

このことをしゅうとと、しゅうとめに知らせ、

いっしょうけんめいあやまって

こんどだけはゆるしてもらった。

ところが、どうしたことだろう。

あくる日もまた、朝おきると、ブルシガきえている。

いかりくるったしゅうととしゅうろめは、

「一どならずニどめまでも、この家の伝統をやぶったからには

もうこの家におくことはできない。実家にかえりなさい。」

といった。しかし、およめさんはひっしになって、いった。

「ブルシがきえたのは、けっしてわたしの不注意ではありません。

これはきっとだれかのしわざにまちがいありません。

今晩もういちどだけ、わたしにチャンスをあたえてください。

きっと、その犯人をとらえてみせます。

もし、犯人をとらえることができなかったら、

あしたにはきっとこの家をでていきます。」

およめさんがそこまでいうからには、ふたりともゆるすほかはなかった。

その晩およめさんは、台所の大きな水かめのうしろに、

からだをかくしてブルシの見はりをしていた。

ちょうど夜の十二時ころ、ひとりの見知らぬ子どもが、

そっと台所にはいってきた。

子どもはまっぱだかで、なにひとつ布をまとってはおらず、

からだはまっかで、

ふつうの子どもとは、どこかようすがちがった。

子どもは、まっすぐにかまどのところへいくと、

たきぐちにむかって小便をはじめた。

水かめのうしろで、まちかまえていたおよめさんは

いそいでどびかかり、つかまえようとした。

子どもは、すばやくそとににげだした。

およめさんはまけずにおいかけた。

子どもはにげる、

およめさんはおいかける、

家からはどんどんはなれていき、

おっかけっこが、夜明けまでつづいた。

いっぽう、家では、夜があけてみると、

およめさんのすがたが見えない。

しかしブルシは、まえよりもずっといきおいよくもえていた。

家の人たちは、およめさんがこんどもブルシがきえたと

かんちがしして、実家にもどったのだとかんがえ、

およめさんをむえかえにでかけた。

山のふもとまでくると、およめさんがたおれていた。

だきおこすと、およめさんはなみだをながしながら、

「おゆるしください。わたしは、もう、この家にいるわけにはまいりません。

これからでていきます。」というのであった。

「なにをいうんだ、なぜでていくというのだ。」

としゅうとがいうと、およめさんは

「じつはまたブルシがけされてしまったのです。

犯人をおいかけてきましたが、ここで見うしなってしまいました。」

「しんぱいするな。ブルシはきえていない。

あんたはうちのりっぱなおよめさんだよ。

だが、どんなことがあったのか、くわしくはなしてみなさい。」

およめさんは、ゆうべのできごとをありのまま、はなした。

さいごまできいていたしゅうとは、

「これは、ただごとではない。

おい、家にもどって、はやくシャベルとくわをもってこい。」

と、むすこにいいつけた。

むすこはシャベルとくわをもってくると、

赤い色の子どもがすがたをけしたという場所をほってみた。

すると、ふたをした大きなかめがあらわれた。

あけてみると、なんと、中には、まぶしくかがやく金銀の宝物が

いっぱいつまっていた。

「これは七代もつづけて火だねをだいじにしてきたわが家に、

ブルシさまがほどこしをしてくださったのじゃ。」

と、しゅうとはさけび、おおよろこびした。

それから、この家はますますさかえ、

子孫代々、大金持ちになってしあわせにくらしたということだ。

世界のむかし話4 韓国のむかし話 より

(崔仁鶴翻訳  偕成社出版) 

からだをぬすまれた話

むかし、あるいなかのヤンバン(両班。貴族のこと)の家に、若さまがいた。

若さまはしょうらい、りっぱな学者になろうとしていた。

そのためには、本をたくさんよんで勉強しなければならない。

むかしの人は、勉強をするために、ふかい山の中にあるお寺にこもったものだ。

この若さまも家をでて、三年のあいだ、山のお寺で勉強することになった。

一年、二年と時がながれ、いつのまにか三年がすぎさった。

若さまは勉強をおえて、なつかしいわが家にかえってきた。


ところが、家にはいってみると、おどろくではないか、

じぶんとそっくりの若さまがもうひとり家にいる。

その男が、あまりにもじぶんによくにており、

家の人たちも、ほんとうの若さまだと信じこんでいるので、

若さまはあきれはててしまった。

家の人たちは、かえってきた若さまをにせものだときめつけておいだそうとする。

ひさしぶりに、なつかしいわが家にかえってきたというのに、

家にいれてもらうことすらできないのだ。

「これはいったい、どういうわけですか?

わたしは、三年間、お寺で勉強して、きょうやっとかえってきたというのに・・・。

そいつは、きっとなにかのばけものですよ。」

と、若さまがいうと、にせものの若さまもだまってはいない。

「やい、ひとの家へきて、なんということをいうのだ。

おまえこそ、にせものにちがいない。すぐにでていけ!」

その声まで、そっくりおなじみなので、家族たちも、

どちらがほんものか、見わけることができなかった。

きている服から、背の高さ、あるき方、からだのきずあと、

どれひとつとってみても、そっくりおなじだった。

生まれた日や、子どものころのことをひとるきいてみても、

ふたりがおなじこたえをするので、どうしようもない。

しかたがないので、家の中にどんな家具や道具があるか

ひとつのこらずあてさせようということになった。

ところが、ほんものの若さまは、三年ものあいだ、

家をるすにしていたので、すぐにこたえられない。

にせ若さまのほうが、その場ですぐに、すべてのものをいいあてた。

家族たちは、

「これでわかった。」

と、ほんとうの若さまをおいだしてしまった。

おいだされた若さまはあてもなくさまよい、

こじきのように、あちこちさまよいあるいた。

ある日、若さまはぐうぜん、山の中で勉強していたときのお寺のおぼうさんにあった。

おぼうさんは、若さまの顔をしずかに見つめながら、

きのどくそうにはなしかけた。

「若者よ、おまえは、じぶんのからだをぬすまれているな。

おまえとまったくおなじ人間が、どこかにもうひとりいるだろう。」

若さまは、じぶんをすくってくれるのはこのおぼうさんしかいないとおもい、

じぶんが家をおいだされたわけを、なにもかもくわしくはなした。

おぼうさんはうなずいて、若さまにいった。

「おまえは、お寺で勉強していたとき、

つめをきっては、あちこちにすてていたであろう。」

すると、若さまは、

「はい、そのとおりです。

わたしは、お寺のすぐまえにながれている小川にいって、

顔をあらったり、からだをきよめたりしていました。

そしてそのたびに、小川のそばにある森の中へはいって、

手のつめや足のつめをきって、そのまますてておりました。」

と、こたえた。

おぼうさんは、

「そのすてたつめをたべたやつが、おまえのからだをぬすんだのだ。

ネコを一ひき買って、そでの中にかくして家にかえりなさい。

そのネコを、にせもののまえにだしてみれば、すべてがはっきりするだろう。」

若さまは、おぼうさんがおしえてくれたように、

ネコを一ひきそでの中にかくして、家にかえった。

若さまは家にはいると、ネコをにせものの若さまのまえにとりだした。

にせいものは、まっさおになって、にげだそうとした。

ネコは、にせもののえり首にかみついた。

ひとしきりあらそいがつづいたが、にせものは

やがて首をかみきられてゆかの上にたおれてしまった。

すがたをあらわしたにせ若さまの正体は、とてつもなく大きな野ネズミでった。

野ネズミが、森にすてられた若さまのつめをたげて、

若さまのすがたをぬすんだのだった。

つめには、人の精気がやどっているので、それをたべたものは、

かんたんにその人のすがたにばけることができるという。

いまでも、おじいさんやおばあさんが、

きったつめをすてるときは、きちんとつつんで、場所をきめてすてるように、

というのは、こんなことがあったからなのだ。

世界のむかし話4 韓国のむかし話 より

(崔仁鶴翻訳  偕成社出版) 

嫁探し

昔、ある両班(ヤンバン)の家の息子が大人になって、

嫁取りをする年頃になった。

ところが、この息子は五代独子(オデトクチャ:五代続いた独り息子)だった。

五代続いた独り息子だったので、とても大切な息子だった。

そこで、「玉よ、金よ」と育てたので、

ひ弱な息子にしてしまったし、世間知らずにしてしまった。

父親の目から見ると、

あれでは結婚をしても一家を率いてうまくやっていけるとは思えなかった。

そこで、息子の嫁だけはとても賢くて、しっかりした嫁を選びたいと思った。

そうすれば、息子も暮らしを守り、暮らし方を身につけることだろう。

 そこで、父親はあちこちの村の嫁のなり手を探しているという噂を流した。

屋敷に来て、米一斗だけ(一斗は十升、一升は約1.8L)で

三人で三ヶ月もちこたえる者を嫁にするという噂だった。

 噂が流れると、あちこちから「やってみます」というむすめたちがやってきた。

両班(ヤンバン)の家柄では、暮らしも豊だったので

嫁入りさきとしてはまず申し分なかった。

父親はむすめがくるたびに、召使の夫婦をつけ、

すむ家を用意し、米を一斗持っていってやった。

それでおしまいだった。

ところが、どのむすめも、どのむすめも

三ヶ月どころか一ヶ月ももたなかった。

大人一人が少なくても一月に一斗の米がいるのに、

いくら食べる量をへらしても、それでは三ヶ月もちこたえられなかった。

米を一にぎりずつ入れてかゆをたいて

一日に二回だけ食べるようにしても一ヶ月もたなかった。

そこで、どのむすめも少しずつ食べて、

米がきれると降参してかえっていった。

ところが、両班(ヤンバン)のとなり村にとても貧しい百姓がいた。

百姓にはちょっと年のいったむすめが一人いたが、

貧しい暮らしなので嫁にやれなかった。

ある日、そのむすめが父親にいった。

「あのとなり村の両班(ヤンバン)のおたくで、

米一斗で三人が三ヶ月過ごせたら、嫁にもらうといっています

が、わたしが一度いってみます。」

すると、父親はやめさせようとした。

「れっきとした両班(ヤンバン)のおたくのお嬢さんたちも、

一ヶ月ももたないでもどってくるというのに、

おまえがなんの取り柄があって、三ヶ月がまんできるんかね」

それでもむすめは、

「心配しないで、いかせてください」

といった。そこで父親は許した。

むすめが両班(ヤンバン)の家にいってみると、

あちらでは召使の夫婦をつけてくれて、米をきっちり一斗くれた。

ほかの者なら、米を一、二合ずつ入れてかゆをたいたりして

大騒ぎするところだが、

むすめはなにを考えているのか、はじめの日から米を一升すくって、

飯をたっぷりたいて食べようというのだった。

召使がかえって心配した。

「えっ、そんなに食べると十日もたないですよ」

しかし、むすめは心配しないでおなかいっぱい食べるように、

というだけだった。

つぎの日も米を一升さっとすくって飯をたいて、

おなかをたたきながら押しこんだ。

また、そのつぎの日もそうやって食べた。

こうして四日たってから、むすめは召使を呼んだ。

「さあ、 食べるだけ食べたから、そろそろ仕事にとりかかりましょう。

わたしとおばさんは野原に出かけて山菜を取り、

おじさんは山にいって、一日に一束のたきぎを取ってきてください。

それを売って食べ物にかえて食べていきましょう。」

それが、むすめの計略だった。

じっとすわっていくら節約して食べても、米はへる一方で増えることはない。

仕事をすれば、しぜんにお金もでき米もできるから心配はいらない。

そこで、その日から三人は仕事をした。

女たちは野原に出て山菜を掘り、

男は山にいって木を切って売り、

その金で米を買い込んだので、へるよりふえるほうが多かった。

三ヶ月の間、おなかいっぱい食べても米が

一かます(穀物などいれる、むしろを二つに折ってあんだふくろ)残った。

三ヶ月たって、さて主人の両班(ヤンバン)がどうなったかと思っていってみると、

米はかますのまんま積んであるし、人間は生きていた。

そこで、ひざをぽんとたたいて、

「これだ。あんたこそわが家の嫁だ。

すぐに日取りを決めて婚礼をあげよう」

こうして、むすめは両班(ヤンバン)の家の嫁になった。

むすめはそれからも一生懸命はたらき、夫にも仕事をおぼえさせ、

とてもしっかりした男にしたてたそうな。

※このお話は、韓国の小学校五年生の教科書にのっている

「タルレ」が類話です。「タルレ」は王様のお妃探しの話です。

むすめのタルレはもちをつくって売って米をたくさん残し、

みごとなお妃になるお話です。

韓国昔ばなし より  

(徐正五再話  中村修訳  白水社発行)